たたき製防火水槽
(付近に建ち並んでいた米蔵用)
当時は、板の蓋があったと考えられ蓋用の窪みがあります
側面にある菱形マークは城主西尾氏の火消し紋です
もともとは横須賀城は本丸とこの松尾山を城域とした山城だったそうです。
門には本多家の「丸に立葵紋」があることから十二代城主本多利長の在城時代(1645~1682)の建造だとみられている。
左の階段を上れば西の丸、右の階段を上れば本丸です。
本丸南斜面中段への階段があります。
横須賀城の見所。手前の階段の上に櫓門が建っていました。
横矢をかけれるように張り出しています。
奥は本丸への虎口
上にちょこっとだけ写ってるところ
ゲートボール場になってました。
横須賀城は本丸南側は石垣ですが西の丸、本丸北側は土塁です。
横須賀城の北側は石垣ではなく土塁です。
松尾山の麓には大きな堀が残っていました。
こちらからの登り道が本来のルートのようです。
本丸からだと段差が少ないですが、こちらからだと天守台ぽく見えますね。
土塁にある祠ですが案内板などはなし。
初代城主・大須賀康高が建立した寺で山門は二の丸不開門の移築、また大須賀氏の墓もあります。
初代城主・大須賀康高が建立した寺で山門は二の丸不開門の移築、また大須賀氏の墓もあります。
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