日向山田城
日向山田城

[宮崎県][日向] 宮崎県都城市山田町山田


  • 平均評価:★☆☆☆☆ 1.00(--位)
  • 見学時間:15分(--位)
  • 攻城人数:16(2074位)

案内板

案内板
西山豊前守慎之治

山田城跡

龍廻城、朝霧城ともいい、本丸、二の丸(勢城)、上総城、安房城、取添などからなる。
正平一四年(一三五九)肥後の相良定頼が築いたといわれ、のち、真幸院の北原氏が入った。
その後、天文一ニ年(一五四三)都城の北郷忠相が攻め落として北郷忠茂を城主とした。
文禄四年(一五九五)北原氏が宮之城に移封されかわって伊集院忠棟が都城領主となり、その支配下となった。
慶長四年(一五九九)忠棟が伏見で島津忠恒に殺されると、その子忠真が都城外十ニ外城に拠って島津宗家と戦った(庄内の乱)。当城には長崎治部少輔、長崎休兵衛らが籠城したが、島津家に攻め落とされた。
乱後、北郷氏が領主に復帰したが、元和元年(一六一五)一国一城令により廃城となり、のち、地頭仮屋がおかれて、村統治の業務を行った。
平成十七年八月
山田町教育委員会

   

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悪党の裔〈上〉 (中公文庫)

治安の悪化に伴い悪党が現れ始めた鎌倉末期。
主人公・赤松円心の播磨を中心に畿内全体へと展開していく物語です。
天下を決するような戦はできないが、せめて自分の存在で重要な戦の行方を左右したい。そんなことを考えながら、暴れるべき時は暴れ、耐えるべき時は耐えた。
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デュラけんさん)

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