[栃木県][下野] 栃木県宇都宮市戸祭元町
遺構や説明板等は無く、住宅地の中にきれいな石碑がポツンと立っております。
馬場町バス停から徒歩20分ほどで城址碑に着きます。
近くので有料パーク利用。十九夜堂の所に城石碑があり、近くには長屋門がありました。
栃木県庁脇をとおり、とちぎテレビ側に折れるとやがて城址碑のある十九夜堂があります。
宇都宮駅下車、バスに乗車し東武駅前バス停にて下車。旧奥州街道沿いのみずほ銀行宇都宮支店横の路地を10分ほど歩くと城址碑がありました。
城址碑のみの確認です。周辺には立派な長屋門がいくつか残存しています。城としての雰囲気は残念ながらありませんでした。
城碑のみで宅地化されています。付近を散歩してみましたが遺構はありませんでしたが、立派な長屋門が3棟、石蔵がある家が多数あり、それなりに楽しめました。
十九夜堂と呼ばれる建物の背後に城址碑があります。ただし、道が細く往来もあるため自動車での長居はできません。
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太田資正(三楽斎)の名前は知っていたものの、その知識のほとんどは佐竹氏の客将時代のもので、岩付城主時代の活躍や、息子に城を追われた話などはぜんぜん知らなかった。合戦でも活躍した名将だけど、反北条同盟を画策したり、武田氏や上杉氏から佐竹氏への取次を頼まれるなど軍略家として見たときの資正は相当な傑物であると思う。
であるにもかかわらず秀吉から「三楽斎ほどの者が一国も取れぬ不思議よ」と言葉をかけられるほど、戦国時代というのは個人の力量だけではどうにもならない無情さを感じますね。 太田氏の歴史から、現在訪問できるゆかりの地の紹介まで、非常に充実した一冊です。
( こうの)
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