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本多家(本多作左衛門家、作左家)

本多家(本多作左衛門家、作左家)の概要

大名種別
いわゆる親藩・譜代・外様の分類
譜代
大名の格
幕府が定めた大名家の格付け
城主
石高
歴代当主が与えられた最高石高
4万6300石
官位(武家官位)
歴代当主が与えられた最高官位
従五位下

本多家(本多作左衛門家、作左家)の歴史

三河三奉行の一人とされる本多重次の家系。
重次の通称「作左衛門」から「作左衛門家」「作左家」と呼ばれる。
1613年(慶長18年)に2代・本多成重が越前国丸岡藩4万3000石を与えられて大名となる。この成重の幼名は仙千代で、重次が書いた手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」のお仙である。
成重は丸岡城を改修し、さらに城下町の建設や治水工事などにも尽力した。

3代・重能、4代・重益とつづくが、1695年(元禄8年)3月23日、家臣の間に争いが起こった責任を取らされて改易となる。
重益は池田仲澄に身柄を預けられていたが、1709年(宝永6年)に徳川家宣が将軍就任すると、恩赦により罪を許されて旗本となった。

   

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おそらく、八王子城の解説本の中で最も重要な一冊でしょう。
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トンネル工事や台風・地震などにより、現在は失われてしまった石垣などの貴重な写真も多数掲載されていますが、白黒で小さいため分かり辛いのが残念。

赤ヱ門さん)

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