桁行12.48m、梁間7.48m、平面積93.38mを有する規模の大きい楼門で、建立は明らかではないが、各鬼瓦に宝永4年(1707)の刻銘が見られ、様式上この頃の建立と考えられているそうです。国の重要文化財。
桁行12.48m、梁間7.48m、平面積93.38mを有する規模の大きい楼門で、建立は明らかではないが、各鬼瓦に宝永4年(1707)の刻銘が見られ、様式上この頃の建立と考えられているそうです。国の重要文化財。
秋葉山公園南側にある登城口で、秋葉山公園の案内図があります。
この神社は粉河寺に帰属し、明和年間(1764~1772)に遠江国(静岡県)周智郡秋葉山三尺坊を勧請し、旧猿岡山、今の秋葉山上に建立されたそうです。
秋葉山は粉河寺本堂の南側にあるので、前山と呼ばれ、山上に猿棚が設けられていたので、猿岡山と呼ばれていたそうです。天正元年(1573)に粉河寺僧兵達がここに山城を築き、寺防衛に備えたと伝えられています。天正13年(1585)粉河寺一山ことごとく焼亡、同8月に羽柴秀長の家臣だった藤堂高虎が紀州四国平定の功により入城。文禄元年(1592)に朝鮮出兵のため粉河を去るまで7年間在城したそうです。
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