かがはん

加賀藩(金沢藩)

加賀藩(金沢藩)の概要

旧国
律令制における所在地
加賀
藩庁
藩の役所があった城・陣屋
金沢城
藩祖
藩の開祖または初代藩主
前田利家
支藩
分家が統治する藩
富山藩大聖寺藩

加賀藩(金沢藩)の歴史

1601年(慶長6年)〜1871年(明治4年)

加賀藩(かがはん)は、江戸時代に加賀、能登、越中の3国の大半を領地とした藩。藩庁は金沢城。
1869年(明治2年)版籍奉還後には藩名を金沢藩と定められた。

もともと藩主・前田家は外様大名ではあるものの、石高は大名中最大となる102万5千石を領し、江戸城での控室である伺候席も徳川御三家や越前松平家などの御家門が詰める大廊下であるなど、御三家に準ずる待遇であった。
この特別待遇はほかにも、「一国一城令」後に小松城の再築が許されるなど、他の外様大名とは別格の扱いであった。

加賀藩(金沢藩)の歴代藩主

江戸幕府が樹立された1603年(慶長8年)から、廃藩置県が断行された1871年(明治4年)までの期間における加賀藩の藩主一覧です。

前田家

  • 1601年(慶長6年)〜1871年(明治4年)
  1. 前田利長
  2. 前田利常
  3. 前田光高
  4. 前田綱紀
  5. 前田吉徳
  6. 前田宗辰
  7. 前田重煕
  8. 前田重靖
  9. 前田重教
  10. 前田治脩
  11. 前田斉広
  12. 前田斉泰
  13. 前田慶寧
   

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