桑名城には、元禄大火後に再建された時点でも51の櫓があったといわれています。七里の渡に面して建っていた蟠龍櫓は、東海道を行き交う人々が目にする桑名のシンボル。歌川広重の浮世絵、東海道五十三次でも、この櫓が象徴的に描かれています。
蟠龍櫓のすぐ近くにある六華苑(旧諸戸清六邸)洋館は鹿鳴館を手掛けたジョサイア・コンドルが手がけたものです。 和館や旧高須御殿、池泉回遊式庭園が和洋調和していてとても素晴らしいので、桑名城攻城の際はお立ち寄りください。
桑名城には、元禄大火後に再建された時点でも51の櫓があったといわれています。七里の渡に面して建っていた蟠龍櫓は、東海道を行き交う人々が目にする桑名のシンボル。歌川広重の浮世絵、東海道五十三次でも、この櫓が象徴的に描かれています。
徳川家康に幼少より仕え、徳川四天王の1人として天下統一を支えました。 生涯五十余りを超える戦で一度も傷を負わなかったとされる武闘派ですが、桑名を湊町、城下町、宿場町として整備しました。
川口樋門から南大手橋まで、桑名城三の丸を囲む城塁が続いています。船もマッチしててステキです。
攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する