現存天守

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お城好きです、多分。

現存天守さんのタイムライン

現存天守

現存天守さん が  石弾城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-07)

南側の川
南側の川

駐車スペースの南側に大きな川が流れている。北側と東側にも水路があって全て繋がっている。堀の名残かもしれない。

現存天守

現存天守さん が  石弾城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-07)

駐車スペース
駐車スペース

神社正面道を挟んで南側に駐車スペースがある。

現存天守

現存天守さん が  石弾城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-07)

泊神社案内板
泊神社案内板

案内板にある宮本武蔵の縁者が寄進した石灯籠は本殿北側にある。

現存天守

現存天守さん が  石弾城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-07)

本殿
本殿

何やら伊勢神宮と関りがある古い神社らしい。

現存天守

現存天守さん が  石弾城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-07)

石弾城跡案内板
石弾城跡案内板

境内東側に案内板が設置されている。

現存天守

現存天守さん が  石弾城(兵庫県加古川市) を攻城しました(2025-07-07)

現存天守

現存天守さん が  古大内城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

駅家案内板
駅家案内板

大歳神社に行く途中にも駅家の案内板がある。案内板を見ると古大内城は駅家の中にあったことが分る。

現存天守

現存天守さん が  古大内城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

大歳神社南側水路
大歳神社南側水路

大歳神社南側に水路がある、堀の名残かもしれない。神社側は住宅地より若干高くなっている。

現存天守

現存天守さん が  古大内城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

駅屋の案内板
駅屋の案内板

大歳神社にある駅屋の案内板。奈良時代から存在していたようだ。

現存天守

現存天守さん が  古大内城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

石碑
石碑

西側にかなり立派な石碑。

現存天守

現存天守さん が  古大内城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

大歳神社鳥居
大歳神社鳥居

大歳神社は住宅地の中にある。外からは存在が分かり難い。

現存天守

現存天守さん が  横倉城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

石碑
石碑

土塁跡の東端に石碑が建っている。各面に何やら文言が。こちらの面には「遺跡を勝手に調査してはいけない」とのこと。

現存天守

現存天守さん が  横倉城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

土塁南側水路
土塁南側水路

土塁跡南側の水路、堀の名残かもしれない。

現存天守

現存天守さん が  横倉城(兵庫県加古川市) の写真をアップしました(2025-07-04)

土塁全景
土塁全景

参拝者用駐車場南側の土塁跡。

現存天守

現存天守さん が  古大内城(兵庫県加古川市) を攻城しました(2025-07-04)

現存天守

現存天守さん が  横倉城(兵庫県加古川市) を攻城しました(2025-07-04)

現存天守

現存天守さん が  高砂城(兵庫県高砂市) の写真をアップしました(2025-07-02)

能舞台
能舞台

南側正門近くに立派な能舞台。

現存天守

現存天守さん が  高砂城(兵庫県高砂市) の写真をアップしました(2025-07-02)

神社本殿
神社本殿

夏祭り中。わら縄の輪をくぐって参拝するとご利益があるとのこと。

現存天守

現存天守さん が  高砂城(兵庫県高砂市) の写真をアップしました(2025-07-02)

石碑
石碑

境内の南西側に石碑と案内板。銅像は池田輝政公ではありません。

現存天守

現存天守さん が  高砂城(兵庫県高砂市) の写真をアップしました(2025-07-02)

案内板
案内板

案内板には神社は廃城後に本丸跡に戻ってきたとある。築城時にどこかに移されたようだ。

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今日のレビュー

太田資正と戦国武州大乱~実像と戦国史跡~

太田資正(三楽斎)の名前は知っていたものの、その知識のほとんどは佐竹氏の客将時代のもので、岩付城主時代の活躍や、息子に城を追われた話などはぜんぜん知らなかった。合戦でも活躍した名将だけど、反北条同盟を画策したり、武田氏や上杉氏から佐竹氏への取次を頼まれるなど軍略家として見たときの資正は相当な傑物であると思う。

であるにもかかわらず秀吉から「三楽斎ほどの者が一国も取れぬ不思議よ」と言葉をかけられるほど、戦国時代というのは個人の力量だけではどうにもならない無情さを感じますね。
太田氏の歴史から、現在訪問できるゆかりの地の紹介まで、非常に充実した一冊です。

こうの)

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