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みずのけ

水野家(水野弾正忠家、分長流)

水野家(水野弾正忠家、分長流)の概要

大名種別
いわゆる親藩・譜代・外様の分類
譜代
石高
歴代当主が与えられた最高石高
2万石
控えの間
江戸城に登城した際に待機する部屋(詰所)
雁之間

水野家(水野弾正忠家、分長流)の歴史

下総国結城藩水野家の分家で、於大の方の甥・分長が興した。分長は三河国新城藩1万石を立て、子の元綱が家督を相続して上野国安中藩に転封された。しかし、3代・元知が発狂して正室に斬りつけ、自殺未遂をするという乱行におよび、領地は没収された。家名は2千石の旗本として残され、後世に受け継がれた。

水野家(水野弾正忠家、分長流)の分家

水野家(水野弾正忠家、分長流)

水野家(新宮水野家、重央流)

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戦国の城は民衆の危機を救った―関東王国の平和を求めた八王子城主北条氏照

戦国時代、地域を支配する領主(大名)は税を取る代わりに、民衆の暮らしや営みの安全を保障する存在だったという視点から、東京の八王子地域の城について考察した一冊。城内の神社や池、領民の避難場所、惣構など、城が担った公共的な役割を分析する中で、いかにして領主が領民の生活の保障に取り組んでいたかを繰り返し述べている。民衆に焦点を当てた戦国史研究に藤木久志氏のものが有るらしく、著者はこれに依拠して八王子周辺の城を当てはめているようだ。とても興味深い視点だが他の地域や城ではどうだったのだろうかと思う。

こめつぶさん)

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