お知らせ 詳細
堀のように見えますがもともとこの辺りは海でした。
迂回道が堀の中にできています。
手前の礫は迂回路のものです。
太鼓門の桝形の外門にあたるのが「旭門」でありその旭門へ中堀を斜めに架かる筋違橋になっているのが「旭橋」です。 橋を斜めに架ける事によって横矢をかけやすくしてあります。
左・三の丸 中央奥・北の丸、右・東の丸
太鼓櫓跡に移設された艮櫓
堀を埋め立てて造ってあった迂回道より撮影
江戸時代にも披雲閣という御殿があったが1872年(明治5年)に取り壊された。 現在の披雲閣は1917年(大正6年)に松平家高松別邸として建てられたもの。
左・三の丸、右・二の丸石垣、奥・本丸石垣
高松築港駅は内堀を埋め立ててつくられています。
本丸側から
このあたりも元は海です。
現在太鼓櫓跡に建っている艮櫓は元はここに建っていました。
現在太鼓櫓跡に建っている艮櫓は元はここに建っていました。
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