横に走る太い道路はかつては川でした。川には簀子(すのこ)橋が架かり、正面には南門、脇に番所があったそうです。門を抜けると右に鈎型に屈曲した通路が、そのまま道路になっています。 左端の電柱横には石碑が、右端の電柱の横には解説板があります。
江戸時代の道がそのままな為、このようなヘアピンカーブだらけです。 お米やさんの2軒手前を右に入ると、南門の土塁が残る東光寺です。
ちょうどここが南端の「角の部分」で約1.5m程の高さが残っています。 本丸・二の丸がある亀城公園以外では、ここと神龍寺、浄真寺の3箇所に土塁跡が見られます。
現在は土浦幼稚園です。
屈曲した道路は堀跡です。道路右側が城内です。 大手門と搦手門が同一方向(東)に設けられている珍しい城です。これは、有事の際に霞ヶ浦への脱出口としたためだそうです。
巽郭と琴平神社間の堀です。 幅は狭くなっていますが、社の左横の屈曲した区画は当時の堀の形がそのまま残っています。
前川町にあった門が、二の丸入口にあたる「二之門」のあったこの位置に移築されました。
明治時代の火災で本丸館と共に焼失した物を復元しています。続百名城スタンプもこちらにあります。 本丸には立派な土塁が四方に残っています。
関東で唯一の本丸にある現存櫓門です。
本丸の裏門で、江戸時代に建造された現存建造物です。 左横の東櫓が建つ土塁は高さ約3mです。
昭和24年の台風で損壊したものを復元したそうです。
住宅地が迫っていますが、ここの堀までは綺麗に残っているのがありがたいです。
土浦藩の藩校の門です。本丸から西に徒歩約5分、第一中学校内の脇にあります。
写真手前が城内です。 奥に伸びる道路は江戸時代から道があった場所です。左右に伸びる道路辺り(その手前に水堀が横たわっていました)から右に屈曲する鉤型になっていました。
城内から見た写真です。 門の前に(写真上方)最初は馬出が築かれましたが最終的には全国でも類を見ないS字型の馬出となりました。 是非現地で古地図片手に遺構を感じていただきたいです。
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おそらく、八王子城の解説本の中で最も重要な一冊でしょう。
八王子城跡が現在のように整備されたのは、落城400年にあたる1990年以降のことです。本書の出版も同時期で、出版後に発見された遺構もあれば、今は目にすることのできない遺構も多数あります。言い換えると、1990年当時の八王子城跡の姿を記録した書であるとも言えます。八王子城に興味を持ってくださった方にはお薦めの一冊です。すでに廃刊となっていますので、古書店か図書館で探してください。
トンネル工事や台風・地震などにより、現在は失われてしまった石垣などの貴重な写真も多数掲載されていますが、白黒で小さいため分かり辛いのが残念。
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