小堤城は亘理氏の最初の居城です。千葉常胤の子孫である武石宗胤がこの地を支配すると、7代・武石広胤の代に亘理氏を名乗っています。亘理氏は戦国時代には伊達氏に重臣として仕え、元宗・重宗父子の代に亘理城を築いて居城を移すと、廃城となりました。その後、1603年(慶長8年)に伊達成実が亘理に移封されると、翌年にはのちの亘理伊達氏の菩提寺である大雄寺がこの地に移されました。現在城址は大雄寺の境内となっており、山門前に標柱が建てられています。遺構はほぼ消滅しているものの、南側に土塁が残っています。
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30 m( 15 m)
内郭:-- 外郭:--
着工 鎌倉時代末期か
天正年間(1573年~1592年)か
亘理氏(武石氏)
曲輪、土塁
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | |
縄張形態 | 平山城 |
標高(比高) | 30 m( 15 m ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
築城主 | |
築城開始・完了年 | 着工 鎌倉時代末期か |
廃城年 | 天正年間(1573年~1592年)か |
主な改修者 | |
主な城主 | 亘理氏(武石氏) |
遺構 | 曲輪、土塁 |
指定文化財 | |
復元状況 |
更新日:2024/03/28 03:50:25
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 |
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