お知らせ 詳細
かつては松原内湖だったところだと思います。
黒御門外御屋敷・槻御殿とも呼ばれていました。井伊直弼の生誕地でもあります。
最終公演に偶然遭遇しました。
藩主が用いた茶室
城内側から。豊臣氏滅亡より西向きの大手門ではなく東山道に近いこちらが正門扱いとなったようです。100名城スタンプもここの料金所にあります。
奥が佐和口多聞櫓で、左に見切れているのが現存の馬屋です。
大手を抜けると山頂の主郭部へ登る真っすぐな坂道があります。
長浜城の大手門の移築であると「井伊年譜」にはあります。櫓の柱には移築、改築によって不必要になったホゾ穴を埋めた跡などが見られました。
中央の山は佐和山城です。
太鼓門櫓の本丸側は解放的で高欄つきの廊下になっています。
数条見える並木の場所にはそれぞれ中堀、外堀、、芹川があります。
黒御門外御屋敷・槻御殿とも呼ばれていました。井伊直弼の生誕地でもあります。
表御殿は表向部分は博物館、奥向は当時の御殿を復元してあります。
表御殿は復元ですがこの能舞台だけは彦根城表御殿の唯一の現存遺構で、表御殿復元のさい元の位置に戻されたものです。
藩主が生活した居間
彦根城馬屋は日本で唯一現存する城郭内の馬屋です。
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おそらく、八王子城の解説本の中で最も重要な一冊でしょう。
八王子城跡が現在のように整備されたのは、落城400年にあたる1990年以降のことです。本書の出版も同時期で、出版後に発見された遺構もあれば、今は目にすることのできない遺構も多数あります。言い換えると、1990年当時の八王子城跡の姿を記録した書であるとも言えます。八王子城に興味を持ってくださった方にはお薦めの一冊です。すでに廃刊となっていますので、古書店か図書館で探してください。
トンネル工事や台風・地震などにより、現在は失われてしまった石垣などの貴重な写真も多数掲載されていますが、白黒で小さいため分かり辛いのが残念。
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