清色城と言えばここという堀切。ここから城内に入っていきます。
中世渋谷家(入来院家)のかやぶき門
お仮屋(地頭館)跡は入来小学校の敷地になっているようです。
こちらも深い堀で分断されています。 各曲輪の上り下りが大変な城でした。
駐車場横の道路は上ノ馬場と言われています。清色城付近の路地の多くは「何々」馬場と呼ばれているようです。
武家屋敷群を通って清色城の入り口になってる堀切へ向かいました。
道路を挟んだところに観光駐車場があります。
お仮屋跡(入来小学校)の下段に当たります。
お仮屋馬場にあります。階段の上は地頭館跡で現在は入来小学校が建っています。
お仮屋馬場にあります。
左が城址、武家屋敷、右側が土塁跡になります。
尾迫馬場から山側の小道に入れば城址入口です。奥に案内板が見えています。
清色城と言えばここという堀切
南九州型城郭の代表のようなシラス台地を削った絶壁です。
このように城内には道標があるので助かります。
鹿児島の城でよく見る狭い堀底の通路です。
シラス台地を削った細い堀底道が迷路のように張り巡らされています。
通路として利用していない堀切はジャングルです。
この先、本丸までの間、草が伸びている個所がありました。
竹などで分かりにくいですがここの堀切は特に深かったです。中之城からこの堀切に下りるのですが急傾斜なので気を付けて下さい。
物見之段への道がわからず、結局帰りはこの堀切を下っていきました。
写真は求聞持城側から中之城へ登る坂道ですが。どの曲輪も急傾斜でアップダウンが激しいです。
求聞持城跡から物見之段そして小学校付近に出るコースを目指していましたが道がわからず戻って、この写真の堀底道を通って下山しました。
虎口はかっちり折れを伴った虎口になっていました。
こちらで清色城跡の解説ビデオの上映やパンフレットなどが手に入ります。
こちらに清色城の案内ビデオや解説板が置いてあります。
旧増田家住宅の裏あたりは縄張図にもあるように長い土塁が続いています。
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