土塁の北端上部は少し広くなっていて、櫓台のような形状でした。…違うかもねσ^_^;
長福寺さんの山門。この山門の西側に駐車場があります。夏見稲荷は駐車場の北西にあります。
土塁の北端上部は少し広くなっていて、櫓台のような形状でした。…違うかもねσ^_^;
曲輪の南端から撮影。台地東端のこの曲輪が主郭なのか…?主郭にしては西側に比べて地勢が低いし、曲輪自体も狭すぎます。台地の東端が削られてしまったのかもしれませんね。
この虎口形状の進入口が、当時のものかどうかははっきりしません。削られた跡もあるので後世の変革かと思われます。
長福寺の墓地の西側にあります。こちらも土塁と思しき盛り土があり、台地東端の長福寺東側の曲輪より地勢も高くなっています。台地東端の曲輪との関係性が気になります。
かぷっちょさんの言う通り土塁の一部のようで、土壇上部の幅もあることから、櫓台だったのかもしれません。現在は浅間社として浅間大神を祀っています。
稲荷神社内の土壇(中央の木の辺り)は、社殿北側の土塁痕とつながっていたようです。現在は社殿東側が削平されて、独立した土壇のように見えますが、おそらくつながっていたのでしょう。すると、やはり主郭部分がどこにあったか、土塁脇に堀跡も見当たらないので、どちらが主要部だったのかも図りかねます。画像左奥が長福寺本堂。奥が低くなっているのが分かりますか?
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