攻城団からのお知らせ

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みんなで七尾城史資料館で勉強してきました

2017年1月17日、七尾城史資料館にて「七尾城を中心とした観光開発事業(七尾城プロジェクト)」のフィールドワークを開催しました。当初は2回目の現地調査として七尾城跡へいく予定でしたが、週末に降雪があった時点で「むずかしいかもしれない」と、事前に冬期休館中の資料館に連絡をとり、特別に開けていただく用意をしていました。

この日、七尾城跡付近は30センチくらい積もっているようです。
写真は七尾城のふもとにある七尾城史資料館のようすです。ここも20センチくらいは積もっていました。

今日は最初の座学にも来ていただいた西川館長より七尾城のCGを見ながらの説明を受け、その後は展示品と発掘調査の様子を伺う予定です。

CGについては、以前七尾市で開催されたセミナーで流れていたのを、東雲高校の先生も参加されていた折に見たそうです。「七尾城のイメージを生徒に持ってもらうためにも、ぜひ見せたいですねー」と仰られたこともあって西川館長に上映をお願いをしました。

早めに資料館に到着して、西川館長と打ち合わせをしながら、貴重な写真も見せていただきました。これは昭和43年ごろの七尾城の空撮写真。写真の右手の道路奥が本丸下駐車場付近だそうです。

七尾城を攻城された方は、うっそうとした林の中にあった石垣を覚えていると思います。かつては木は全然なく、またあっても背が低かったため、本丸跡からは七尾湾をふくむ光景が広範囲で見れたそうですよ。
畠山家や上杉謙信、前田利家もその眺望を眺めていたのでしょうね。

打ち合わせを終えて準備をしていると、生徒さんが到着しました。

最初にぼくのほうから(年も明けたので)、改めてマップ作りの目的や今後どういうことを行うのか、について5分ほど説明をしました。
つづいて、西川館長より七尾城のCGを見ながらの説明のはじまりです。

どのあたりまでが「七尾城」だったのか、今日訪れている資料館はどの辺なのか、を教えていただきます。

西川館長からさまざまなエピソードを伺いました。能越自動車道という幹線道路工事にともなう発掘調査の際に金鋳造が明らかになったこと、それによって当時(1500年代?)の七尾城下がかなり繁栄していたことが推測できる、といったことなど。

写真でちょうど手がかかってるところ付近が発掘現場のようです。いま現地を歩いても、面影はまったくないのが残念ですよね。

映像で出ている場所は、前回のフィールドワークで歩いた、安寧寺付近です。この場所は上杉軍が攻め入ってきていたと聞いた区画でした。西川館長からは地元に伝わる「戻り橋」という伝承の場所だという話をお聞きしました。

戻り橋の伝承
水攻めで苦しんだ七尾城側を上杉謙信が見上げていた橋。水攻めに苦しんだ七尾城側は、カモフラージュとしてこの付近から水のかわりに白米を流した。上杉謙信はそれを見て、「水の手が豊富にある」と考えて、陣払いをしようとしたという伝承。

みなさんちゃんと画面を見て、メモをとったりしながら聞いていたのが印象的でした。前回歩いた場所と、画面の映像が繋がると「450年くらい前はこうだったのか」と想像できるのでいいですよね。

質問もたくさん出ていました。前回のフィールドワーク時にもあった「この石垣はどこから持ってきたの?」という話。石垣には貝殻が付着しているとものもあるそうで、海から運んだ石もあるのではないかと考えられているそうです。

CGにあわせた説明が終わると、2階に移動します。

2階には発掘調査によって出土した品々や、武器武具、書輪などが展示されています

七尾城主だった畠山家の家系図の説明のあと、本丸跡の石碑建立の様子の写真を見せてもらいました。

前回は「畠山家っていつから能登にきたの?」「どのくらいの時代の人?」といった質問もありましたね。お城跡と城主は切り離せません。その城主はどこからやってきたのかということは気になりますよね。

七尾城でいえば、上杉謙信が攻めこんできたことは知っていても、畠山家といわれてもピンとこないかもしれません。畠山家を知ろうとすると、室町時代の話にさかのぼることになりますから、守護大名のことや、室町幕府の三管路領の話なども出てきて、話がぐっと広がります。このあたりはぼくもぜんぜん詳しくないので、折をみて詳しい方にお話を聞きにいったり、自分でも勉強してみたいなぁと話を聞きながら考えていました。
 
つづけて発掘調査の説明を伺いました。この調査場所は資料館のすぐそばです。「~の建物があるあたりなんだけど、わかるかな?」という西川館長の問いに「わかるー!」という声がもどってきてました。

熱心に聞き入っています。カメラで撮影もしています。先生にお聞きすると、撮影した動画を見返しながら情報整理をおこなうんだそうです。

時間たっぷり説明を伺って、いくつもの質問についても西川館長から答えていただきました。

最後に七尾城のおおきな地図をいただきました。これはマップ作りにすごく役立ちそうなアイテムでした。
今日のフィールドワークをおえて雪の中、バスにもどっていくみなさんをお見送り。

今回は当初の予定とは変わりましたが、こうして映像や展示品などを見ながら専門家に話を伺ったことで、フィールドワークとはまたちがう発見があればいいなぁと思っています。
そして前回自分の目で見たこととあわせてどうやって観光マップに反映させていくのかについても、とても楽しみです。

どうやら今月は雪が多そうなので、このあとは情報整理と「自分たちがガイドするとしたら、どんな情報をマップに載せるのか」を考えることが中心になりそうです。今後のレポートも楽しみにしていてください!

「七尾歴史たびマップ」の制作は一般財団法人せせらぎ財団の支援をうけています
   
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七尾城プロジェクトのお知らせ
攻城団は七尾商工会議所、のと共栄信用金庫と共同で「七尾城を中心とした観光開発事業」に取り組んでいます。現在は石川県立七尾東雲高等学校に協力いただき、七尾城や七尾市内の観光マップを制作しています。
プロジェクトの様子は随時レポート記事でお伝えしていますので楽しみにしていてくださいね。七尾城へもぜひお越しください!

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